KyoLog

内海京寛(うちうみ きょうすけ)のブログ。「仕事が楽しい!と即答できる社会をつくること」を目標に掲げ、実行に移す過程をブログに残していこうと考えました。

お気に入りの詩

私が気に入った詩を紹介します。

詩の題名をクリックすると

言葉の意味や私の解釈が載ったページへ飛びます。

少しずつ更新していくので

クリックできないのもあります。

 

「こどもたち」by 茨城のり子

こどもたちの視るのもはいつも断片

それだけではなんの意味もなさない断片

たとえ視られても

おとなたちは安心している

なんにもわかりはしないのさ

あれだけじゃ

 

しかし

それら一つ一つとの出会いは

すばらしく新鮮なので

こどもたちは永く記憶にとどめている

よろこびであったもの

驚いたもの

神秘なもの

醜いものなどを

 

青春が嵐のように

どっと襲ってくると

 こどもたちはなぎ倒されながら

ふいにすべての記憶を紡ぎはじめる

かれらはかれらのコブラン織を織りはじめる

 

その時に

父や母

教師や祖国などが

海蛇や毒草

こわれた甕

ゆがんだ顔の

イメージで

ちいさくかたどられるとしたら

それはやはり哀しいことではないのか

 

おとなたちにとって

 

 

「自分の感受性くらい」by 茨城のり子

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮しのせいにはするな

そもそも

ひよわな志しに過ぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

 

 

「倚りかからず」by 茨城のり子

もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない

もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威には倚りかかりたくない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

自分の耳目

じぶんの二本足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ